稲盛和夫氏の「生き方」にはどのようなことが書かれていますか?

「生き方」には、稲盛和夫氏が体験してきたことが書かれています。書を読めばわかるのですが、これほど自分を厳しく律し、生きてこられたのかと感銘します。書の中からこれは大切だと思うことを抜粋してまとめました。

思いを実現させる

求めたものだけが手に入るという人生の法則

世の中思い通りにならない-私たちは人生で起こってくる様々な出来事に対して、そんな風に思ってしまいます。それは「世の中思い通りにならない」と考えているからです。

人生はその人が思っている通りになるというのは、多くの成功哲学の柱になっている考え方です。稲盛氏もまた、「心が呼ばないものは自分に近づいてくるはずはない」と、信念として強く抱いています。

その人の心の持ち方や求めるものが、そのまま人生を現実に形づくっていくのであり、ことをなそうと思ったら、まずこうありたい、こうあるべきだと思うことです。それを誰よりも強く、身が焦げるほどの熱意をもって願望することがたいせつです。

現実になる姿が「カラー」で見えているか?

物事の成就の母体は強烈な願望である。非科学的ではありますが、思い続け、考え抜いていると、実際に結末が見えてくるということが起こります。つまり、思うだけでなく、その実現へのプロセスを頭の中で真剣に、幾度も考えシミュレーションを繰り返す。

そうすると、成功への道筋があたかも一度通った道であるかのように見えてきます。最初は夢でしかなかったものが次第に現実に近づき、やがて夢と現実の境目がなくなってきます。そのように克明に思い描けるようになれば成功へ近づきますが、白黒で見えているうちは不十分で、カラーで見えるようになるまで考えることができれば成功します。

運命は自分の心次第という真理に気づく

大学を卒業し、入った会社が明日つぶれてもおかしくないオンボロ会社で、給料の遅配は当たり前、経営者一族の内輪もめまで起こっていました。
そういう状態なので、同期入社の数人と顔を合わせては愚痴と不満をこぼしあい、いつ辞めようかという相談ばかりをしていました。やがて同僚たちは他に仕事を見つけて、一人辞め、二人辞めとうとう自分一人になりました。

そうなると、これ以上この境遇を呪っても仕方がない、180度気持ちを切り替えて仕事に必死に取り組んでみようと腹を据えました。

すると、心の変化が反映したように研究の成果が上がり始め、良い結果が出て上司からの評価もよくなると、ますます仕事に熱中するようになり、さらに良い結果が出るようになりました。

そして、完成させたのがテレビのブラウン管の電子銃に使用するU字ケルシマでした。これは、日本で初めて合成、開発することに成功したものです。このとき身に付けた技術の蓄積や実績がもとになって、のちに京セラを起こすことになりました。

心の持ち方を変えた瞬間から、人生に転機が訪れ、それまでの悪循環が断たれて好循環が生まれだしました。

このような経験から、運命は自分の意志で良くも悪くもできるのだということを確信するようになりました。

原理原則から考える

人生も経営も原理原則はシンプルがいい

私たちは物事を複雑に考えてしまう傾向があるようです。しかし、ものごとの本質は単純なものです。複雑に見えるものでも、単純なものの組み合わせでできています。

真理の布は一本の糸によって織られている-したがって、様々な事象は単純にすればするほど本来の姿、すなわち真理に近づいてきます。そのため、複雑にみえるものほどシンプルに捉え直そうという考え方や発想が大切です。

人生も経営もその根本の原理原則は同じで、しごくシンプルです。「人間として何が正しいのか」という判断基準で、それに従って正しいことを正しいまでに貫いてきました。

嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人に親切にせよ…そういう子供のころから、親や先生から教わった人間として守るべきルールに従って経営を行ってきました。

自分の人生のドラマをどうプロデュースするか

一日一日をど真剣に生きる-単純なことですが生き方の根幹をなすきわめて大切な原理原則です。

人生とはドラマであり、私たち一人一人がその人生の主人公です。それだけでなく、ドラマの監督、脚本、主演すべてを自身でこなすことができます。

ですから、自分の人生ドラマをどのようにプロデュースしていくか。一生をかけて、どのような脚本を描き、その中でどう演じるかということです。

真剣さや熱意に欠けた、怠惰で弛緩した人生を過ごすほど、もったいないことはありません。人生というドラマの中身を濃い充実したものにするには、一日一日、一瞬一瞬を「ど」がつくほど真剣な態度で生きていくことが必要です。

そうすれば、その積み重ねが、自信の価値となって、人生のドラマを実り多い、充実したものにするのです。

現場で汗をかかないと何事も身につかない

人生では、「知識より体得を重視する」ということも大切な原理原則です。これは言い換えると「知っている」ことと「できる」ことは、必ずしもイコールではないということです。

セラミックスの合成にしても、この原料とこの原料を混合して何度で焼けば、このようなセラミックスができるというのは本を読めばわかります。しかし、その理論通りにやってみても思い通りのものはできません。現場で何度も何度も経験を積むうちに次第に神髄が把握できる。知識に経験が加わって初めて、物事は「できる」ようになるのです。それまでは単に「知っている」に過ぎません。

偉大な仕事をなしうる知恵は、経験を積むことによってしか得られません。自らが体を張って取り組んだ実体験こそが、最も貴い財産になるのです

心を磨き、高める

リーダーには、才よりも徳が求められる

「考え方」とは、生きる姿勢、つまり哲学や思想、倫理観などのことであり、それらすべてを包含した「人格」のことです。その人格がゆがんでいたり、邪なものであれば、いくら能力や熱意に恵まれていても、もたらされる結果の「負」の値は大きくなってしまいます。

人の上に立つ者は才覚よりも人格が問われます。人並み外れた才覚の持ち主であればあるほど、その才におぼれないようするべきです。

中国の明代の思想家、呂新吾(ろしんご)がその著書「呻吟語」の中で「深沈厚重なるは、これ第一等の資質。磊落豪雄なるは、これ第二等の資質。聡明才弁なるは、これ第三等の資質」

この三つの資質はそれぞれ順に、人格、勇気、能力と言い換えられます。つまり、呂新吾は、人の上に立つ者は三つの要素を兼ね備えていることが望ましいが、もしそこに序列をつけるなら、一が人格、二が勇気、三が能力であると述べています。

働く喜びは、この世に生きる最上の喜び

人生を充実させていくために必要不可欠なことは「勤勉」です。懸命に働くこと。まじめに一生懸命仕事に打ち込むこと。そのような勤勉を通じて人間は、精神的な豊かさや人格的な深みも獲得していくのです。

稲盛氏は、人間がほんとうに心からの喜びを得られる対象は、仕事の中にこそあると言っています。趣味や遊びの楽しさとは、仕事の充実があってこそ味わえるもので、仕事を疎かにして趣味や遊びの世界に喜びを見出しても、一時的には楽しいかもしれませんが、決して心から湧き上がるような喜びを味わうことはできないはずです。

仕事における喜びは、単純なものではありません。労働は苦い根と甘い果実を持っているという格言通り、それは、苦しさやつらさの中からにじみ出てくるものです。

だからこそ、働くことで得られる喜びは格別であり、遊びや趣味では決して得られません。つらさの中から何かを成し遂げた時の達成感に代わる喜びはこの世にはないのです。

また、仕事に懸命に打ち込んだ末にもたらす果実は、達成感ばかりではありません。それは、私たち人間としての基礎をつくり、人格を磨いていく修行の役目も果たすのです。

どんな時も「ありがとう」といえる準備をしておく

禍福はあざなえる縄のごとし-良いこと悪いことが織りなされていくのが人生です。だから、良いにつけ悪しきにつけ、照る日も曇る日も変わらず感謝の念を持って生きることが大切です。福がもたらされる時にだけではなく、災いに遭遇したときもまた、ありがとうと感謝する。そもそも自分がいま生きている、生かされている。そのことに対して感謝の心を抱くこと。その実践が私たちの心を高め、運命を明るく開いていく第一歩となるのです。

困難があれば、成長させてくれる機会を与えてくれてありがとうと感謝し、幸運にめぐまれたなら、なおさらありがたいと感謝する。少なくともそう思えるような感謝の受け皿を、いつも意識的に自分の心に用意しておくのです。

物質的にはどんな条件下にあろうとも、感謝の心を持てば、その人は満足感を得られることができるのです。

利他の心で生きる

「他を利する」ところにビジネスの原点がある

初期の資本主義では、事業活動においては誰から見ても正しい方法で利益を追求しなくてはならず、その最終目的はあくまでも社会のために役立てることにありました。

つまり、世のため人のためという利他の精神が-私益よりも公益を図る心が-初期の資本主義の倫理規範となっていたのです。

江戸中期の思想家・石田梅岩も「どんなことをしても儲かればいいというのではなく、利を得るにも人間として正しい道を踏まなくてはならない」と、商いにおける倫理観の大切さを説いています。

また、こうも言っています「真の商人は、先も立ち、われも立つことを思うなり」。要するに、相手にも自分にもりのあるようにするのが商いの極意であり、「自利利他」の精神が含まれていなくてはならないと述べています。

稲盛氏は、これらのことを自分の信ずるところとし、本気で実践していきたいと念じています。

利他に徹すれば物事を見る視野も広がる

利を求める心は事業や人間活動の原動力です。ですから「欲」はあってもいいのですが、利己であってはいけません。人にもよかれという「大欲」をもって公益を図ることです。そうすれば、その利他の精神がめぐりめぐって自分にも利をもたらし、その利を大きく広げるのです。

気を付けなくてはならないのは、利己と利他はいつも裏腹の関係にあることです。小さな単位における利他も、大きな単位から見ると利己に転じてしまう。会社のため、家族のための行為には利他の心が含まれていますが、「自分さえ儲かればいい」「自分の家族さえよければいい」と思ったとたんに、それはエゴへとすり替わってしまいます。

低いレベルの利他にとどまらないためには、より広い視点から物事を見る目を養い、大きな単位で自分の行いを相対化して見ることが大切になってきます。

会社だけ儲かればいいと考えるのではなく、取引先にも利益を上げてもらいたい、さらには、消費者や株主、地域の利益にも貢献すべく経営していく。それ以上に、地域より社会、国や世界、地球や宇宙へと利他の心を限りなく広げ、高めていく。

そうすれば、おのずとより広い視野を持つことができ、周囲の様々な事象について目配りができるようになってくる。そうなると、客観的な正しい判断ができるようになり、失敗も回避できるようになってくるのです。

事業の利益は預かりもの、社会貢献に使え

創業もないころから、従業員だけでなく、社会の公器として、世のため人のためにつくす責務もあると思って経営してきました。

創業から数年後、会社の基礎も固まってきたころ、暮れのボーナスを社員一人一人に手渡した後、その一部を社会のために寄付してはどうかと提案しました。それに賛同してもらい、社員が出してくれた同額を会社からも提供して、それをお餅も買えないような貧しい人に寄付しました。

これが、今日、京セラが行っている様々な社会貢献事業のさきがけとなり、その精神はいまも変わることなく生きています。

自分たちの汗の結晶を、その一部でいいから他人のためにも使って、社会のために役立ててもらおうという利他の精神の実践に、創業間もないころから務めてきました。

「利を求むるに道あり」と同じく、「財を散ずるに道あり」と思います。お金は儲けるより使う方が難しいといいます。利他の精神で得たお金は、やはり利他の精神で使うべきであり、そうやって財を「正しく」散じることでわずかながらでも社会貢献を果たしていきたいと考えています。

宇宙の流れと調和する

因果応報の法則を知れば運命も変えられる

運命は宿命にあらず、因果応報の法則によって変えることができる。

善き思い、行いを重ねていけば、そこに因果応報の法則が働いて、運命に定められた以上の善き人生を生きることが可能です。それを「立命」とも言います。

しかし、現実には、この摂理や法則を信じる人は多くありません。むしろ非科学的だと一笑する人の方がはるかに多い。

良い行いがいつでもすぐに良い結果になって表れれば、信じるかもしれませんが、そんなことはほとんどありません。

しかし、20年、30年という長いスパンで見れば、きちんと因果の帳尻は合っています。誠実で善行を惜しまない人物がいつまでも不遇にとどまることはないし、怠け者でいい加減な生き方をしている人がずっと栄えていることもありません。

因果が応報するには時間がかかります。このことを心して、結果を焦らず、日頃から倦まず弛まず、地道に善行を積み重ねるよう努めることが大切なのです。

災難に会ったら「業」が消えたと喜びなさい

魂とは、何度も何度も生まれ変わる間に積み重ねてきた、善き思いも悪しき思いも、善き行いも悪しき行いもみんなひっくるめた「業」が含まれたものです。

臨済宗妙心寺派管長である西方擔雪老子は、稲盛氏が事業のことでマスメディアから非難を浴びたとき「災難にあったら、落ち込むのではなく喜ばなくてはいかんのです。災難によって、いままで魂についていた業が消えていくのです。それくらいの災難で業が消えるのですから、稲盛さん、お祝いをしなくてはいけません」といいました。

この一言で、「天が与えたもうた試練」と素直に受け取ることができたのです。

森羅万象を絶え間なく成長させる宇宙の流れ

宇宙の歴史とは、素粒子から高等生命体へと進化発展する、ダイナミックな過程といえます。

宇宙は、一瞬たりとも停滞することなく、すべてのものを生成発展させてやまない意思と力、もしくは気やエネルギーの流れのようなものが存在する。しかもそれは「善意」によるものであり、人間をはじめとする生物から無生物に至るまで、いっさいを「善き方向」へ向かわせようとしている。

森羅万象あらゆるものを成長発展させよう、生きとし生けるものを善の方向へ導こう、それこそが宇宙の意志である。言い換えれば、宇宙にはそのような「愛」「慈悲の心」が満ちている。

したがって、この大いなる意志(愛)に沿い、それと調和するような考え方や生き方をすることが何よりも大切です。善き思いや善き行いはそのまま、善へ向かう宇宙の意志を満たすことですから、そこからよい結果、素晴らしい成果がもたらされるのは当然のことです。

感謝や誠実、一生懸命働くことや素直な心、反省を忘れない気持ち、恨んだり妬んだりしない心、自分よりも他人を思いやる利他の精神…そういう善き思いや行為はすべて宇宙の意志に沿う行為だから、人は成功発展の方向へ導かれ、その運命も素晴らしいものになっていく。いわば、宇宙の意志や流れに同調するかしないかで、人生や物事の成否が決するわけです。

まとめ

稲盛和夫氏「生き方」から抜粋して書きだしました。「思いを実現させる」「原理原則から考える」「心を磨き、高める」「利他の心で生きる」「宇宙の流れと同調する」というように人生を豊かにする、仕事を成功させるにはどうしたらいいのか、どのような考え方を持てばいいのか、稲盛氏自身の体験の中から、我々にその法則を教えてくれています。

頭で理解するだけでなく、どんなことでもいい、まずは実践することが大切です。