感謝の言葉

現代社会では、「成功しているかどうか」という価値観が偏重され、「勝ち組・負け組」といった言葉もよく使われます。競争に勝っているかどうか稼ぎが大きいかどうかといった尺度が絶対視され、道徳は置き去りにされがちです。

しかし、偉大な経営者には、かつて重んじられた「美徳」の価値観、人格にかかわる価値観を大事にしている人も多くいます。こうした経営者は「成功」の価値観と「美徳」の価値観をバランスよく併せ持っています。そして、美徳にまつわる価値観の中でも多くの人が言及しているのが「感謝」についてです。

感謝は人間関係を円滑にし、運も引き寄せます。

成功している経営者には、部下への感謝や顧客への感謝ができている人が多くいます。そして、感謝の基礎は、親に感謝することや今の自分の状況に感謝することです。感謝する姿勢を身につけることで自分と周囲を幸せにし、経営でも成功しやすくなります。感謝の意味や感謝する姿勢について、著名な人の言葉を引用しながら考えてみましょう。

感謝と人間関係

感謝は人間関係を円滑にします。

◆米国の著述家で牧師だったジョセフ・マーフィー氏(1898~1981)はこう問いかけています。

「感謝は人間関係をうまくするコツです。あなたは自分の夫に妻に、家族に友人に、上司に部下に感謝していますか?」

→→こちらが同じことをしても、相手が感謝で受け止めてくれる場合と何かと不満に思われてしまう場合とでは、どちらが付き合いやすいでしょうか。

当然、感謝で受け止めてくれる人ですね。感謝する姿勢がある人、「感謝力」の強い人はだれからも慕われます。してもらえなかったことにばかり焦点を当てて不平不満に感じ、してくれたことに感謝できない経営者のもとでは、従業員も働きがいがなく、会社も活性化しません。

大企業なら、競争原理があったり人事異動で上司も代わったりして従業員のモチベーションも維持できる可能性がありますが、小さな会社の場合、経営者の人柄が職場の雰囲気を大きく左右してしまいます。

◆「神はこう語った」「心の扉を開く 聖なる日々の言葉」「フィンドホーンの花」などの著書がある哲学者、アイリーン・キャディ氏(1917~2006)も

「感謝は、あなたが成長し、広がるのを助けます。感謝は、あなたの人生に、喜びと笑いをもたらすだけでなく、あなたの周りにいる全ての人々の人生にも喜びと笑いをもたらします」

と述べています。常に感謝を心がけることで、自分の人生にもプラスになり、周囲の人の人生も楽しくすることができるのです。

感謝と運

感謝を心がけている人には運もついてきます。アリババ社(中国)の創業者で世界で18番目とされる大富豪の馬雲(ジャック・マー)氏(1964~)は次のように話しています。

「私や周囲の人々は感謝に満ちている。10年前、私が感謝という言葉を口にしたときは、まるでスローガンのようだった。今となっては、われわれはなんてラッキーだったのだろうと心から思う。多くの人が、私の運はどこから来るのかと聞くが、感謝の心を持ってさえいれば運はやってくるとしか言いようがない」

→→この言葉は、馬氏の生き方や経営哲学を紹介する「ジャック・マー アリババの経営哲学」(張燕著)の中で紹介されています。世界中のあらゆる商売をやりやすくする▽中小企業を助ける――という二つの信念で事業を進め、巨大企業を築き上げた馬氏が「感謝の心を持ってさえいれば運はやってくるとしか言いようがない」と、成功の秘訣の一つを語っています。大成功を納めた馬氏の言葉だけに重みがありますね。

◆感謝と運の関係について述べている大経営者は日本にもたくさんいます。その一人が松下電器産業創業者の松下幸之助氏(1894~1989)です。

「運が良かったという人は、周りの人に助けられてきたという『感謝』の気持ちのある人で、たとえ逆境に陥っても(運のせいにせず)前向きに取り組める人物だ」

→→これは、幸之助が周囲によく語っていた言葉だそうです。

◆ただし、自分に都合のよいときにだけ感謝をするのではなく、どんなときにも感謝をするという姿勢が大事です。著述家で「銀座まるかん」創業者、斎藤一人氏(1948~)は『幸せセラピー』という著書の中でこう書いています。

「ラクに生きてる人って、感謝が多い。イヤなことにも感謝する。もちろん、よかったことも感謝する」

→→うれしいときに感謝するのは誰にでもできますが、嫌なことに感謝することはなかなか難しいですね。しかし、どんなときでも感謝しようと心がけて生きる人に運がついてくるのであり、運がついてくれば楽に生きていけるのです。

◆吸健康法「正心調息法」の創始者で医学博士の塩谷(しおや)信男氏(1902~2008)は感謝と運の関係を「波長」という言葉で説明しています。

「感謝の波長を有している人には、それに同調してイヤでも感謝したくなるようなことが次々と生起してくる。結果いつも、困難は避けられ願い事は叶(かな)う、そんな人生が可能になるのです」

→→確かに、感謝の多い人と不平不満の多い人とでは、周りから見ても雰囲気や波長がまったく違いますね。どちらの波長が運を引き寄せるか、両者を比較して考えれば、容易に納得できます。

◆だれに感謝するのかという問題も重要です。よいことをしてくれた相手の人たちに感謝するのは当然ですが、ジョセフ・マーフィー氏は目に見えない存在への感謝についても指摘しています。

「苦しい時の神頼みはみんなするが、うれしい時に神に感謝するのはみんな忘れている」

→→「苦しいときの神頼み」をしてきた人は多いのではないでしょうか。また、年始には、何からの恩恵を求めて社寺に参詣し手を合わせる人も多くいます。私も神戸市に住んでいた1995年に阪神大震災に遭遇したときは、大きな揺れの中で「神様、助けてください!」と強く祈りました。しかし、目に見えない存在に対してお願いはしても、実際によいことがあったときにそういう存在に対して感謝をしている人は少ないのではないかと、マーフィー氏は述べています。

同僚や部下に感謝する

経営者が従業員に感謝することで人間関係がよくなり、従業員のやりがいも増し、職場の雰囲気もよくなる――ということは上述しました。そして、それは経営の成功にもつながっていきます。この章では、同僚や部下への感謝が経営にとっていかに大切かを成功者の言葉から学びましょう。

◆「経営の神様」と言われた松下電器産業創業者の松下幸之助氏(1894~1989)は、顧客への感謝と合わせて部下への感謝についてこう話していました。

「今日のわしの成功は、部下とお客様のおかげやな。成功の理由はそれやな。ありがたいことやとしみじみ思う」

→→顧客に対して人一倍感謝し、感謝するがゆえに、顧客を喜ばせることを人一倍考えた幸之助氏。だからこそ「ナショナル」ブランドが消費者から最も愛され信頼されました。このことは従業員に対しても同じで、幸之助氏が感謝してくれるから部下も幸之助氏につき従い、幸之助氏の目指すものづくりとサービスを顧客に提供していったのです。

◆同僚への感謝については、理論物理学者でノーベル物理学賞受賞者のあのアルベルト・アインシュタイン氏(1879~1955)も触れています。

「私に喜びをもたらすただひとつのものは、仕事、バイオリン、ヨットを別にすれば、ともに働いた人々への感謝だけです」

→→学問の世界でも同僚への感謝が成功の要因の一つになっているのですね。

◆インバスケット研究所を経営する鳥原隆志氏は著書『何が起こっても一瞬で対処できる上司が使う50のキーワード』の中で、周りへの配慮と感謝の大切さを指摘しています。

「ベテランと呼ばれるようになったり、調子のよいときこそ忘れてしまうのが、周囲に支えられているという感謝の念です。自分自身が業績のほとんどを出していると豪語する人は、周りで支えてくれている人への感謝をなくしてしまい、自分しか見えなくなっています」

「そのような二流の上司に成り下がってはいけません。『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という言葉がある通り、一流の上司ほど周りへの感謝を忘れません。特に調子のよいときほど、自分ではなく周りへの配慮と感謝を大事にし、自分のおごりを恐れます。感謝という言葉を思い出せば、あなたを助けてくれている方や部下、陰で支えてくれている方などを思い浮かべるはずです。しかし、おごりが出てくるとそれが見えなくなります」

「うまくいっているときや、仕事が順調なとき、自分が頑張っていると思ったときに、周りから支えられていることを思い出すとよいでしょう」

→→部下や同僚への本当の感謝を続けるには、常に謙虚でいなければならない。特に、自分がうまくいっているときや手柄を立てたときほど、謙虚になり、周囲への感謝と配慮を忘れてはいけない。一流の上司や経営者になるための大事な心がけが指摘されています。

お客様に感謝する

経営を成功させるには顧客への感謝が不可欠。これはよく言われることですが、目先の利益に走りがちで、実際に顧客への感謝ができている経営者ばかりではありません。顧客に本当の感謝ができていれば、顧客第一を忘れず、その結果、顧客から末永く愛され息の長い成長を続けるでしょう。

◆ここでも、松下電器産業創業者の松下幸之助氏(1894~1989)に登場していただきましょう。「お客様は神様です」という幸之助氏の言葉はあまりに有名ですが、次の言葉を読むと、顧客に対する幸之助氏の感謝が多くの経営者のそれより1枚上手であったことが少し分かります。

「お客様の苦情から商品の欠陥が判る。お客様の要望が新商品のヒントになる。お客様とは本当に有難いものです」

→→顧客が商品を買ってくれたことに感謝するだけでなく、顧客からの苦情の中にニーズを見出し、新商品に結び付けて顧客をもっと喜ばせる。顧客に対しては購買についても苦情についても感謝する。そんな幸之助氏の姿勢だったからこそ大成功にもつながったのだと、だれしも合点がいくのではないでしょうか。

◆接客アドバイザーの北山節子氏(1968~)も『「買う気」にさせる魔法の言葉』という著書の中で、顧客からの指摘に対する感謝について述べています。

「クレームを受けたときには、まずはお客様の声に耳を傾けます。その場しのぎの謝罪で『すみません!』の連発は禁物です。『ご指摘いただき、ありがとうございます』と感謝し、何に対してご立腹なのか、私たちのどこに問題があるのかを教えていただき、それをしっかり噛みしめて初めて謝罪の言葉を口にするべきだと思います」

→→顧客の指摘(苦情)をいたずらに迷惑がらず、指摘してくれること自体にまず感謝し、先方の真意をくみ取る努力をする。表面的な謝罪、その場しのぎの対処ではなく、顧客の気持ちを理解した上で誠実に謝罪する。北山氏はこういう姿勢を勧めています。それがサービス改善につながり、企業の成長につながることは言うまでもありません。

◆作家の本田健(けん)氏も『きっと、よくなる2』という著書で次のように述べています。

「どんな批判が来ても、その本質をしっかり受け止めて感謝できるようになると、あなたはより自由に人生を生きられるようになります」

親に感謝する

さて、感謝にもいろいろあることが分かってきましたが、こうした感謝の姿勢、感謝する力の基本になるのが親への感謝だと言われています。

◆古代ギリシャの哲学者、ソクラテス(前470~399)の言葉を紹介します。

「父母の恩を感ぜずんば、汝の親友となる者なかるべし」

→→「父母に恩を感じないなら、汝の友となる者はいないだろう」。自分を生み育ててくれた存在、自分を無条件で愛し、無条件で大事にし、いつも自分のことを考えてくれる存在。それが親です。そういう親の愛、親の恩という、だれよりも大きな愛や恩に心から感謝できないようでは、他人に対しても本当の感謝ができず、本当の友人もできない。そういう指摘です。

今の状況に感謝する

よいことだけでなく嫌なことにも感謝する、それが本当の感謝の姿勢であり、運を呼び込む――と上述しました。それにはまず、今の状況にすべからく感謝することが大事です。

◆京セラや第二電電(現KDDI)などを創業し、日本航空を再建した稲盛和夫氏(1932~)はオフィシャルサイト(http://www.kyocera.co.jp/inamori/management/devoted/)でこう書いています。

「人は自分一人では生きていけません。空気、水、食料、また家族や職場の人たち、さらには社会など、自分を取り巻くあらゆるものに支えられて生きているのです。そう考えれば、自然に感謝の心が出てくるはずです。不幸続きであったり、不健康であったりする場合は『感謝をしなさい』と言われても、無理かもしれません。

それでも生きていることに対して感謝することが大切です。感謝の心が生まれてくれば、自然と幸せが感じられるようになってきます。生かされていることに感謝し、幸せを感じる心によって、人生を豊かで潤いのあるものに変えていくことができるのです。

いたずらに不平不満を持って生きるのではなく、今あることに素直に感謝する。その感謝の心を『ありがとう』という言葉や笑顔で周囲の人たちに伝える。そのことが、自分だけでなく、周りの人たちの心も和ませ、幸せな気持ちにしてくれるのです」

→→いいことも悪いことも含めて「今あることに感謝」。例えば、上司に不満があっても、仕事があることや給料がもらえることにまず感謝する。さらにこうした感謝の気持ちを「ありがとう」という言葉で周囲に伝えると、自分も周囲の人も幸せな気持ちになる。「今の状況に感謝する」という感謝のこつを稲盛氏が指摘しています。

◆「今の状況に感謝する」という姿勢を別角度から分かりやすく語っているのは、思想家でヨガ行者だった中村天風(なかむら・てんぷう)氏(1876~1968)です。

「私は毎朝起きると、天に向かってニッコリ笑って『ありがとうございます』と必ず言う。ゆうべ夜中に死んでしまっていたかもしれないのだが、今こうして生きていられる。これを感謝せずにはいられない」

→→鈴村進著『中村天風 「勝ちぐせ」のセオリー』で紹介されている言葉です。生死も健康も自分ではコントロールできない部分や予測できないことがあります。急に病気になったり事故にあったりする人がたくさんいますが、自分の力で予測・回避できない場合がほとんどです。

そこで、今自分が生きていることや健康であることについて「当たり前」「当然」と思わず、「ありがたい」と感じて感謝する。それが大事であり、運にもつながっていきます。

◆フランスの作家、ジュール・ルナール氏(1864~1910)の言葉と併せるとさらに理解が進みます。

毎朝、目を覚ますたびに、お前はこう言ってもいいだろう──「目が見える。耳が聞こえる。体が動く。気分も悪くない。有難い!人生は美しい!」

→→目が見える、耳が聞こえる、体が動く。こうしたことを当たり前と思う人もいるかも知れませんが、その「当たり前」を享受できない人、体の不自由な人も世の中にたくさんいます。自分の身の回りのいろんなことについて、当たり前と思わず謙虚に感謝する。その姿勢を身につけたいものです。

◆米国の著述家、サラ・バン・ブラナック氏(1947~)の次の言葉も示唆に富んでいます。

「自分の人生に何が欠けているかに焦点を当てるのではなく、今ある豊かさに感謝する方を選ぶなら、幻影の不毛の地はその姿を変え、私たちは地上の天国を体験する」

→→今の自分にないことに注目すると不満が頭をもたげ、心を支配してしまいますが、そういう人には運もついてきません。しかし、今の自分に与えられていることに注目し、それについて「当たり前」ととらえず「ありがたい」と思うことで、自分がいかに恵まれているかを自覚し、感謝が生まれます。そして、感謝する姿勢や感謝の波長に周囲が味方し運も引き寄せられていくのです。

◆歌手で俳優の美輪明宏氏(1935~)も『ああ正負の法則』の中でこう書いています。

「いつでもどこでも、今すぐ幸福になる方法、常に幸福感を味わえる方法があることはあります。それは簡単なことです。つまり、どんなことでも何でもよいから、〈感謝すること〉を自分の中に、まわりに探して見つけることです」

→→三輪氏は「感謝することを見つける」という能動的な感謝の姿勢を説いています。不平不満は努力せずともできますが、感謝に関しては、努力しないとくせがつきません。

◆しかし、嫌なことが起きたときにはどうやって感謝すればいいのでしょうか。米国の講演家・著述家だったデール・カーネギー氏(1888~1955)の言葉が参考になります。

「実際に不運に見舞われてみると、それまで心配で張りつめていた気持ちはすっかり和らぎ、幸福は相対的なものだということを悟る。今度自分の身の上について愚痴を言いたくなっても、思いとどまって、この程度の不幸ですんでいることを神に感謝することだ」

まとめ

感謝は人間関係を円滑にします。そして、感謝を心がけると運もよくなり、成功にもつながると、多くの成功者が語っています。また、経営者としては、部下への感謝や顧客への感謝が大事です。謙虚さを失って成功を自分だけの手柄と過信すると、部下への感謝を忘れ、信望も失います。顧客への本当の感謝がないと、顧客の真意を理解しようとしないため、苦情から商品・サービスの改良へのヒントを見出すこともできません。

そして、感謝の基礎は親への感謝です。親から受けた(受けている)恩恵を見つめ直し、親への感謝を一からやり直すことで感謝する姿勢の基礎が築かれます。また、いいことだけでなく嫌なことにも感謝し、運を引き寄せていくためには、まず今の自分の状況に感謝することが大切です。本当の感謝(感謝力)を身につけることで自分と周囲を幸せにし、成功も手に入れ、人生を楽しく生きていきたいですね。